2025/03/17

第4章

ユダヤ人の古い太陽歴の紀元前6年2月下旬、エルサレムで、聖ヨゼフと聖マリアが結婚式を挙げました。

Chapter 4

The latter half of February of 6 B.C. of the old solar calendar of the Jews, St. Joseph and St. Mary got married.

2025/03/12

Shinto 3

古事記の旧辞に書いてある日向の阿波岐原の御池、日向の青島は「ノアの大洪水」が形成した互層の水平地層の上にあります。日向灘には海岸線に沿って互層の洗濯岩があります。「ノアの大洪水」がそれらの洗濯岩を形成しました。 従って、「ノアの大洪水」以前に地球上で生きていたアダムとイブ、ノアなどの人間の方が、4世紀に出雲で妄想作者が創作したイザナギとイザナミ、それから日向の阿波岐原の御池で生まれたアマテラス神、日向の青島で釣りをした海幸彦、山幸彦などの偶像神より早く歴史に登場したのです。 地球の表面に基定礫が積もった先カンブリア紀に旧辞の神々が生まれていれば偶像崇拝者の妄想に説得力があります。ところが、「ノアの大洪水」以前に地球上で生きていたアダムとイブ、ノアの方が、イザナギ、イザナミ、アマテラス、海幸彦、山幸彦より早く歴史に登場したので偶像崇拝者たちの妄想には説得力がありません。 イエズス・キリストが地球上で生活していた縄文時代、倭国に正確な暦はありません。縄文人が書き残した文献は残っていません。大陸から侵略した弥生人たちが縄文人たちの宗教を破壊したのです。そして旧辞を編纂した者たちは「When, Where, Who, Why, What, How」という「5W1H」の基礎的裏付けのない妄想神話を創作しました。 私は「聖書に隠された日本・ユダヤ封印の古代史2」【仏教・景教篇】から引用しました。 景教(東方基督教、ユダヤ的基督教、ネストリアン・キリスト教、聖母マリアを神の母と認めない教派、異端派)はインドや中国に伝来して東洋に多大な影響を与えました。 古代基督教国の弓月(ヤマトゥ)に秦氏一族がいました。 始皇帝が命令したので秦氏一族は万里の長城の建設に従事しました。しかし、重労働を嫌って秦氏一族は朝鮮の山戸(やまと)に逃亡しました。 秦氏一族は倭国に移住して対馬、薩摩、日向、近畿で勢力を拡大しました。 私は「古代朝鮮と日本文化-神々のふるさと」(金達寿著)から引用しました。 古墳時代(紀元前4世紀~紀元7世紀)から弥生時代(紀元前4世紀~紀元4世紀)にかけて朝鮮半島南部の加羅地方から太陽神を信仰する海人族が移住して伊勢湾の五十鈴川流域に定住しました。海人族は太陽神をアマテル神として祭り、漁業、航海、農業の守護を願いました。 敏達(西暦572年~西暦585年)は磯宮を伊勢祠(いせほこら)と呼びました。 用明(西暦585年~西暦587年)は伊勢祠を伊勢神宮と呼びアマテラ神を天照神で表わしてヤマト政権の祖神としました。 天武(西暦673年~西暦686年)は、西暦681年3月17日(暦は太陰暦)、「帝紀」と上故(こうえ)の諸事を記録させました。これが「記・紀」編纂の起点となりました。  私は古事記の旧辞を読んで黙想した結果、神道の神々、「擬人化された太陽」、「高天原」などは実在しないことが分かりました。だから多神教的無神論者の氏子たちは、審判者イエズス・キリストが裁く「私審判」の直後、聖三位一体の神が創造した天国・煉獄・古聖所、あるいはルチフェルや悪魔たちが改造した地獄へ入ります。そして「最後の審判」後に存在するのは永遠の天国と永遠の地獄だけです。煉獄と古聖所は無くなります。 紀元前1250年頃、シナイ山で、聖三位一体の神は「神の十戒」を授けました。 第一戒、わたしはあなたの主あなたの神である。わたしの他に誰をも神としてはならない。  日本人の大部分は「神の第一戒」を犯しています。

Shinto 2

西暦712年、古事記の旧辞の編纂者を含めた多神教的無神論者たちは「神の十戒」を根底から拒否して偶像の神々を創作しました。 「神々のたそがれ」(著者:渡部大修氏、元僧侶、印度学、聖アントニア大神学校教授)にインド仏教(釈迦宗)「大乗仏教」「僧侶」のことが次のように書いてありました。 釈迦教は1.875体の「神なるもの」を捏造(ねつぞう)しましたが全てが偶像です。 神道の次の記事がありました。 神道は3.132体の「神なるもの」を捏造(ねつぞう)しましたが全てが偶像です。 偶像の数をどのようにして集計したのか私は知りませんが仏教と神道の偶像数を合計すると5000体の偶像です。バラモン教、ヒンズー教、イスラム教、その他の宗教の偶像数を合計すると計算不能です。 古事記の序文に次のように書いてあります。 「帝紀(ていき)を撰録(せんろく)し、旧辞(きゅうじ)を討覈(とうかく)して、偽りを削り、実を定めて、後葉(こうよう)に流(つた)へむと欲(おも)ふ」  西暦712年、太朝臣安萬侶(おほのあそみやすまろ)あるいは太安万侶(おおのやすまろ)は古事記(こじき)を献上(けんじょう)しました。 古事記は日本最古の歴史書で上・中・下の全3巻があります。 古事記に登場する神々は多くの神社で祭神として祀られて今日に至るまで日本の宗教文化に多大な影響を与えました。 稗田阿礼:稗田阿礼には諸説あります。柿本人麿、猿女君(さるめのきみ)、藤原不比等、複数の短編小説の編纂者などです。稗田阿礼(ひえだのあれ)はペンネームで実在しません。 私は斎木雲州氏が書いた「古事記の編集室」から下記の内容を引用しました。 インド神話には天地創造の話があります。宇宙は乳の海のような状態でした。ビシュア神がそこをかき混ぜて陸を作りました。そこに巨人のようなブラフマー神が現れました。ブラフマーの鼻から天と太陽が生まれました。かれの髪の毛から雲と雨が爪から岩が生まれました。つぎに自分の体を二つに分けて男と女を作りました。その二人は体を合わせて子孫、すなわち人類を生みました。そのような外国の神話を参考にして日本神話を創作しました。 古事記では上位七神の中に夫婦神がいました。 イザナギノミコトとイザナミノミコトが大八島という和国の領土を生む話を作りました。 イザナギとイザナミの神は4世紀に出雲で作りました。 斎木雲州氏は「古事記の編集者たちは子孫を騙(だま)した。」と書きました。  梅原猛氏は「隠された十字架」に次のように書きました。 西暦712年、古事記が完成しました。その上撰祝いといって編纂者一同に祝い酒が出て彼らは酔い潰れて編纂の作業場の寺院で休みました。その夜、不審火が出て編纂に協力した者たちは全部焼け死んで古事記の資料も焼け失せました。ただ一人安万呂が完成した古事記と共に避難しました。恐らく韓国の資料を用いて日本の歴史を書いたことを知られたくない者の仕業です。

2025/03/10

Shinto 1

[2]私は、統合失調症の短編小説作家の稗田阿礼が詠んだ旧辞、「擬人化された太陽」、神道、氏子、偶像崇拝、多神教的無神論について解説しました。 イスラエルの人々はラメセスからスコトに向けて出発しました。一行は女と子供を別にして壮年男子だけで約60万人いました。(出エジプト記12:37)イスラエルの人々のうち家系に従って登録された者はすべてイスラエルの中から兵役に就くことのできる20歳以上の者であって登録された者の総計は60万3550人でした。(民数記第1:45-46) 出エジプト記第12章37節と民数記第1章45節~46節を注意深く読むと日本の神道が主張する「古事記」の歴史観が一瞬で廃れます。 日向の阿波岐原の御池でアマテラス神が生まれる以前、1年が365.25日の「ユダヤ人の古い太陽暦」の紀元前1250年にはイスラエルの女と子供を別にして壮年男子だけで約60万人いました。 主はモーセに言いました。(申命記31:16-17) 「あなたは間もなく先祖と共に眠ります。するとこの民は直ちに入って行く土地でその中の外国の神々を求めて姦淫してわたしを捨てわたしが民に対して結んだ契約を破るでしょう。その日、この民に対してわたしの怒りは燃えてわたしは彼らを捨てわたしの顔を隠します。」 イスラエルの人々は入って行った土地でその中の外国の神々を求めて姦淫しました。  イスラエルには12部族がありました。 それらの中で倭国に移住した部族がありました。 神道が設立されたのは紀元前10世紀頃と言われています。だが、神道が設立される以前の紀元前13世紀、イスラエルの人々はラメセスからスコトに向けて出発しました。一行は女と子供を別にして壮年男子だけで約60万人いました。(出エジプト記12:37)

Buddism 8

死者の中から3日目に復活した審判者イエズス・キリストと、遺体を火葬されて荼毘に付された釈迦を比較すると明確な違いがありました。 神の子の神人イエズス・キリストと、被造物の単なる人間の釈迦には歴然とした違いがありました。 審判者イエズス・キリストは神の子、贖い主、創造主でした。だから天使たちはイエズスを礼拝します。 釈迦は被造物で単なる人間でした。釈迦は結婚生活を営んで子どもを儲け、死んで荼毘に付されました。だから天国の天使たちは単なる人間の釈迦を礼拝することはありません。なぜならば、釈迦を礼拝したら間違いなく聖三位一体の神がその天使を天国から追放します。 聖三位一体の神はルチフェルに追随した堕天使たちを天国から追放しました。 天国で聖三位一体の神と覇権を争うのは極めて無謀です。だから聖三位一体の神に逆らった悪魔が切実に告白しました。 「神の裁きはとても恐ろしい。」 審判者イエズス・キリストはTHE POEM OF THE MAN~GODの中でAn Asian(アジア人)と述べました。そして「わたしは彼を許す。」と言っていました。 しかし、「御父の無限の正義」は釈迦を「私審判」で厳しく裁きました。 審判者イエズス・キリストはTHE POEM OF THE MAN~GODの中で「転生輪廻はありません。」と最低3回言いました。 審判者イエズス・キリストはTHE POEM OF THE MAN~GODの中で釈迦は「気まぐれ」と言いまし。審判者イエズス・キリストは「仏教は真理がない所に真理を探す宗教」と言いました。 私は、簡単な結論を書きました。 インド仏教(釈迦宗)の僧侶が妄想と観念で創作した「造語の虚偽」の仏陀に帰依した仏教的無神論者たちは、審判者イエズス・キリストが裁く「私審判」の直後、聖三位一体の神が創造した天国・煉獄・古聖所、あるいは、ルチフェルや悪魔たちが改造した地獄へ入ります。そして「最後の審判」から永遠に存在するのは天国と地獄だけです。

2025/03/08

Buddism 7

龍樹(西暦150年~西暦250年頃)は出家する以前に隠身の術を用いて仲間と共に美女が沢山いた宮中後宮(こうきゅう)に忍び込んで姦淫の限りを尽くしました。 だが、王が対策を講じたので後宮に忍び込んだ龍樹を除く4人中の3人が即死しました。 一命を取り留めた龍樹は「欲」が苦しみの原因だと悟りました。 バラモン教を習得していた龍樹は仏教に改宗しました。 龍樹はその当時の上座部仏教、初期大乗仏教を学びました。 「空」のサンスクリットの原語は sunya です。 当初の仏教経典は「空虚」「欠如」という意味で用いました。 「般若経」が成立する西暦元年頃、「空」はまだ仏教の中心思想ではありません。 龍樹は多くの経典を読破して「般若経典」の「空」をもって大乗仏教の地位を確立して仏教の原初からあった「空」の解釈を体系化しました。 龍樹の「空」の思想は大乗仏教界に多大な影響を及ぼしました。 「般若経」は何ものにも囚われない「空」の立場に立ってその境地に至るための菩醍の行(六波羅蜜)の実践を説きました。その中でも「般若波羅蜜」の体得が強調されました。 龍樹は「空」の思想を論理的、哲学的に整理して「全てのものは実体がなく空である。」という「無自性」の思想を確立しました。 「神道と仏教とをただす」〈日本人の宗教意識とキリスト教-上巻〉森山諭著の十三、「馬鳴と龍樹」に下記のように書いてありました。  龍樹の説では「雪山(ヒマラヤ)で天から降った巻物の経典は釈迦が成仏した後の37日間、文殊(モンジュ)と普賢(フゲン)大菩薩に教えを説いてから龍宮に隠した法華経を龍宮から持ち帰ったという。大日教は南天の鉄塔の中に納められていたが龍樹はその鉄塔を開いてサッタと親しく面接して彼の手から授かった。」とする。 文殊も普賢も中国の神話の神でそれらがインドに持ち込まれました。文殊は白像に乗り、普賢はししに乗って釈迦の側士(わきし)として釈迦を守ろうとします。だが、龍樹はその龍宮も南天の鉄塔もどこにあるのか一言も語りません。実在しないから語り得ないのです。 後泰(西暦384年~西暦417年)の鳩摩羅什(くまらじゅう)は、聖書、四福音書からアイデアを盗作して大胆な意訳を行ない「阿弥陀教」に「極楽浄土」を書きました。 THE POEM OF THE MAN~GODの第76章、76. Jesus at Juttah with the Shepherd Isaac. イエズス・キリストは3人の弟子と3人の羊飼いに遺骨について教えました。 “Bones? What are they? A proof of the power of God Who made man with dust.” 訳:「骨?それらは何でしょうか?塵でヒトをお造りになった神の力の証明です。」 聖三位一体の神はアダムを塵から創造しました。釈迦は私たちと同じアダムの子孫です。聖三位一体の神は釈迦の骨もお造りになりました。だから被造物の釈迦を礼拝する仏教徒たちは偶像礼拝者なのです。 私は「擬人化された太陽」の仏陀、「極楽浄土」について黙想しました。 その結果、「擬人化された太陽」の仏陀、鳩摩羅什(くまらじゅう)が「阿弥陀教」に記した「極楽浄土」は偶像崇拝者の妄想と観念が作り出した蜃気楼(しんきろう)でした。 龍樹は「空」の思想を論理的、哲学的に整理して「全てのものは実体がなく空である。」という「無自性」の思想を確立しました。だが、創造主、天国、天使たち、この世、地獄、悪魔たち、私たちの存在は「空」ではなく現実です。だから私は龍樹が提唱した「空」の思想に疑念を抱いています。 西暦1917年7月13日、聖母マリアはファティマの3人の子どもたちに本物の地獄を見せました。それらの火は「空」ではなく地獄の中で永遠に燃えている現実の火でした。 私は「仏教聖典」「神々のたそがれ」「神道と仏教とをただす」などを黙想した結果、インド仏教(釈迦宗)の僧侶が妄想と観念で創作した「擬人化された太陽」の仏陀は偶像だと分かりました。鳩摩羅什(くまらじゅう)が「阿弥陀教」に記した「極楽浄土」は実在しないと思いました。 原始仏教聖典を読むと釈迦は奇跡を行なう力がありません。 仏性は奇跡を行なわせる力を釈迦に与えていません。 釈迦は復活する力を持っていません。 仏性は釈迦を復活させることができません。 従って、釈迦や仏性は「極楽浄土」を創造する力を持っていません。 釈迦は死と悪魔に対して超自然の力を持っていません。 釈迦が荼毘に付されてから数百年後、インド仏教(釈迦宗)の僧侶たちはバラモン教の神々に対抗するために「擬人化された太陽」の仏陀を妄想と観念で創作しました。 インド仏教(釈迦宗)の僧侶たちが「造語の虚偽」で「擬人化された太陽」の仏陀を妄想と観念で創作したことは仏教が欺瞞の宗教に成り果てた最大の要因です。 聖三位一体の神は釈迦を裁きました。釈迦は裁かれる側です。
The Kingdom of Jesus, Astronomy data https://www.youtube.com/@tetsuyosano2810

2025/03/07

Buddism 6

我が国には釈迦教に1.875体の「神なるもの」が存在しますがその全てが偶像です。 渡部大修氏によるとギリシャの「万神」パンテオンを模倣して作図した曼荼羅の中心にいるのが「擬人像をもってされた太陽」の大日如来で仏教徒は「お天道さま」を崇拝しています。また、仏教徒たちは「アポロなる観る霊感ある神」の観音を崇拝しています。 従って、インド仏教(釈迦宗)の僧侶たちは「神の十戒」の第一戒を根幹から犯しました。 第一戒、わたしはあなたの主、あなたの神である。わたしの他に誰も神としてはならない。 インド仏教(釈迦宗)の僧侶たちは、創造主、絶対者、唯一神、真の神の存在を否定しました。だから、仏教は、創造主、絶対者、唯一神、真の神を信じない宗教です。「神の十戒」の第一戒を根底から否定した仏教的無神論です。 釈迦教は「唯一神は存在しない。」と信じるから偶像の1.875体の「神なるもの」を捏造(ねつぞう)したのです。 釈迦や直弟子が文字として残した仏典は1つもありません。なぜならば、その当時のインド人は書く文字を持っていません。だから弟子たちが創作した教典が多数ありました。 仏典編集会議の「結集(けつじゅう)」で偶像崇拝教の僧侶たちは記憶していたことを互いに口誦し合いました。 第一結集は、釈迦が入滅してから直ぐに行ないました。 第二結集は、釈迦が入滅してから100年後に行ないました。 第三結集は、釈迦が入滅してから325年後に行ないました。 スリランカ仏教界の歴史書によるとアショーカ王(紀元前268年~紀元前232年)の時代に仏教がスリランカに伝わりました。 その200年後、スリランカ仏教の大寺(マハーヴィハーラ)の比丘(びく)たちが寺院間の抗争を機に経典を正しく後世に伝えようとして文字によって経典を書き残しました。 紀元前1世紀頃、書体によって書写された仏教経典の最初の記録がスリランカにあります。比丘(びく)たちは貝葉(ばいよう) という棕櫚(しゅろ)科の熱帯植物(多羅樹) の葉に書体文字を残しました。 西北インド、中央アジアでは教典の書写の材料として、樹皮、布帛(ふはく)、獣皮、銅版を用いました。 第四結集は、釈迦が入滅してから600年後に行ないました。 カニシカ王(在位:西暦143年~西暦173年)の時代に第四結集(仏典結集)がありました。そのとき「大毘婆沙論」(だいびばさろん)が銅版に刻まれてその銅版をカシミール王宮に保管しました。 後漢時代(西暦25年~西暦220年)、和帝は宮中の御用品製造所長官の蔡倫(さいりん)に「かさばらずに安価な書写材料」の研究を命じました。 西暦105年、蔡倫(さいりん)は書写材料に適している紙を完成しました。

第14章